8/15追記、パンクについて等

筆が進んできたので今のテンションのうちにもう一個記事書く。

 

・TENDOUJIのライブを見た。ここ数年で見たいろんなバンドのライブのなかで一番良かった。対バンのドミコも良かったが(全く前情報なしで見たが。ループの中にロックンロールを落とし込んでいるのと、声がいい)。テンドウジは自分のやりたいインディーロックそのものを体現していた。ドリーミーだがパンクっぽい疾走感があり、でもあくまでキャッチーで、でもTFCくらいのじわじわ上がってく温度感の曲もやる。たくさん人が入っているわけでは無かったがファンの「待ってました!」感がものすごく、大半が普通のおねえさんだったので「この、テンドウジのようなインディーロックを理解してるおねえさんたちは普段どこにいるんだ!?」と思ったし(札幌から来たりしてるのかもしれんが)、でもそういうおねえさんたちがこの街に生息しているということに少し希望を感じた。大真面目にバンドを続けるモチベになった。でもまぁ、テンドウジって早くてキャッチーな曲あってそういうのでブチ上がりたい層もいるのかな。

 

呂布カルマをACのCMで最近見かけるがこの人スパチャとかAbemaとか相席食堂とかもそうだけど本質的にはメジャーぽいフィールドでうまくやるのが得意な人なのに「そういうのはR指定にまかせてる、俺はアングラだから」みたいなこと言って、立ち振る舞いというかバランス感覚がものすごいよなと思う。

 

・最近の自分のテーマ。「自分はパンクじゃない。ナードだ。それでいい」と思ってたけど「パンクになるしかないんじゃね?」と思い始めているみたいな話。いやそれでもパンクになれないけど。お世話になってるライブハウスにいくと、周りがパンクを通ってきてる人達ばかりでやっぱそういう場所なんだなと思うし…。また、自分が最近ハマっているマイスパレード、アルバムリーフ、モグワイといったようなポストロックの人達、そして昔から聴いてきた90年代エモの人達の根っこにハードコアがある、が自分はハードコアそのものにはハマれないまま来ている問題。

ただ最近パンク系のライブ見て思うのが、「ルールは守れよ」というか「マナーを守れよ」なのかもしれないけど、「輩」ではダメなのでは?というか。パンクの人って怖いじゃん、それって、怖いしヤだなとかもある(苦笑)。俺はヤンキーではなくチンピラでもないから、まぁそういう人達に(これ前にも書いたっけ)居場所を与えたのがパンクだった、ひいてはロックやヒップホップだった、とは思うんですが、自分のようなヤンキーではなかったナードがそのような音楽やカルチャーにハマった場合、どうすんだ問題というか、いやそんなんロックの世界でもジョイディヴィジョンもザ・スミスウィーザーもいるしヒップホップでもナードなヒップホップの形は沢山あるとは思うんですが。思うんですがね、なんですよ。考えてみればJDもザ・スミスもパンクに触発されているけどパンクではないよな。

 

いやー、だからね、割と正統なパンクの中でイントゥー出来るバンドないかなとか思いアンダートーンズとか良いじゃんとか思ったりしたんですけど。半分ネタで半分大真面目で俺の好きなパンクバンドってジーザス&メリーチェインと第一期ART-SCHOOLなので…みたいな。


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あと今日これはたまたまなんですけどTLで「パンク名盤のランキングでザ・クラッシュ『ロンドンコーリング』が一位になったらそれはどうなの、日本のレゲエランキングでフィッシュマンズ『空中キャンプ』が一位になるのは違うじゃん」という話が流れてきてて。で、それ後者は俺も違うと思うんだけど前者は別に良いかなって思うんですよね。

 

で、そう思うことで改めて、俺ってパンクのことを「そう思ってる」んだなと気付いたという。雑に言うと「変わっていくこと」がパンク。新しい事に挑戦することがパンク。というやつね。で、3コードもしくはそれに準じる簡素なギターワークと速めの8ビート、という「パンクの音楽形式」自体は決して嫌いじゃないのね。俺もそういう曲作るし、先に挙げたジザメリもアートスクールもそういう意味でもパンクなんじゃないかって思ってるし(だからラモーンズも凄いと思うし)。でも、それは「3コードでも良い曲とか面白い曲やったるで」みたいなことを重要視している気がするし、それでいいんだ、という勇気をもらったというか。


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だからそこは矛盾しているんだけど、でもそういえば俺ハイスタだと横山健よりも難波を支持するんだよね、そういうことだったわ、と改めて思ったというか(難波さんはケミカルブラザーズやアンダーワールドを聴いて「これパンクじゃん!」と思った人で、ハイスタ休止後にテクノ的なこと(TYUNKULTRA BRAIN等)をやる)(今はメロコアに戻ってしかもそこにメタリックなアプローチとかしてるけど。。。)。


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おまえメロコアも好きじゃんね、という声に対しては、メロディと簡素なギターワークが好きなだけで、なんか日本の今のメロコアってギター難しいじゃないですか多分(?)だけど曲のアプローチは定型化しているっていう。悪口になっちゃったけど…「曲が定型化している」のは50sロックンロールも70sパンクもそうだから別にそれこそがパンクだからいいじゃんっていうのはそうなんだけど…。なんか本質的にはメタルに近くない?っていうか。

 


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(ビリーアイドルあんま良く知らないしどっちかっていうとセルアウト系のように思ってたのですが、この発言自体はその通りだと思います)

 

結局俺メロコア・エアジャム系でもLOW IQ 01.アスパラガス、スキャフルキング辺りからドーパンやバンドアパートとかの流れが好きだったりするしメロコア的パンクアプローチのみではなくて他の音楽要素混ぜたり切ないメロディに振り切った人達とかが好きだしやっぱ王道ではないんだよな。


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先に触れたTENDOUJIのインタビュー読み漁ってたらパンクについて話が上がっていて(今回のツアーもEASY PUNKというテーマを掲げていた)でも俺はあそこまでカジュアルにパンクに触れられないし(やっぱ俺みたいな人間が気軽にパンクだとは言えないのでは、という思いはある)しそれも結局「俺はパンクを通ってない」という認識からだし、話は少しズレるが90年代のオルタナグランジとかエモとか)のことは90年代USパンクと呼んだほうがいいんじゃね説みたいなのも一瞬考えて、カートコバーンもソニックユースもフガジも自身をパンクだと思って活動してただろうし、ハードコアから派生したその音楽的多様性ひっくるめてパンクと呼ぶべきじゃね?という思いね。ただパールジャムやアリスインチェインズのような明らかにメタル出自のバンドは除くが(サウンドガーデンに関しては判断が難しい)。アンダーグラウンド・インディーの世界の話でね。

で、思い出したのがNOT WONK加藤さんが「オルタナは立ち位置のことだからあまり好きな言葉ではないがパンクという言葉は好き」みたいなことを言っていた記憶があり、俺は分かるけど同意できなくて、俺はオルタナって言葉好きだなって結論に最近至りました(「オルタナ」がただの立ち位置の話だという部分は完全同意です)。

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かなり拡大解釈ですが、俺みたいな不良にならずどちらかといえば優等生的だったけど人生は上手くいかなくて真面目に生きてる気がするけど仕事に人生注ぐ気にはなれなくて、いい年して恋人もいない、みたいな人間ってこの国の生き方として正統派ではないわけじゃないですか。犯罪者でも不良でもないけど、ちょっとしたアウトサイダーだと思うんですよ。でも悪い事はしていないからこういう生き方があってもいい。そういう俺みたいなタイプのダメなヤツ、増えてくると思うし。俺はそういう人達をオルタナティヴと呼びたいんです。そういう人達に受けたのがジョイディヴィジョンやキュアーのダークサイド曲だったりザ・スミスだったりダイナソーJRだったりしたんでしょう?オルタナという音楽が今は、この名前挙げたバンドやニルヴァーナソニックユース辺りの影響下にあるバンド、というただの音を指し示す言葉になっているのは承知ですが(定型化)、でもやっぱ好きなんだも~~んという開き直りもある。「立ち位置」でもよくね?というかね。最近Aマッソ加納さんのエッセイで出てきた「サブカルチャーじゃなくてカウンターカルチャーになれ。カウンターはいずれメインになる」という言葉をとある人に言われて未だに覚えている、という話があり、最近別の文脈でもTLで同じ話を見かけた気がするが、「サブカル」=「オルタナ」、「カウンター」=「パンク」に当たるかもなと直感的に思いました。…いや逆かもしんねぇな、俺が思う「オルタナティヴ」な生き方は、別にそれがメインになったっていい。草食系が増えたっていい、オタクが堂々と生きたっていいじゃん。そういう世の中なんじゃねぇの。そういう世の中にしては俺生きにくいな。なんでだろ…。つーか別に「サブカル」でいいんだよ。サブなんだよ俺達は。でも生きてていいじゃん。

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着地点が見つからなくなってしまったが、人はそれをパンクとは呼ばないし俺自身パンクスではないという認識があるが、俺なりに「パンク」に当たるものを実行して生きていく必要があるのでは、という話かつ、知性のあるパンクをやんなきゃダメなんじゃないのと思っている。パティ・スミストーキング・ヘッズジョン・ライドンも知性のあるパンクだと思うので…。

あと、詳しくは無いし本質はモッズなのは分かっているけどザ・ジャム→スタイルカウンシルの流れのポールウェラーとかもなんかそっから学べねーかな、みたいな気持ちあるな。

 

・そういやたまたまこの文章の最初の方で呂布カルマに触れたけど、繋がってきたぞ…呂布カルマはかつてバトルで自身のヒップホップのことを「黒人にも犯罪者にも憧れない」と言ってて、黒人に憧れるのはええやろそういうルーツの音楽なんだからと思ったが(呂布カルマは基本海外のラップを聴かない人です)黒人に憧れて肌を黒くしたり、彼らと同じようにエロいおねーちゃん侍らせてケツを振らせる必要は無いし、もちろん人を殴ったり違法薬物をやったりする人に憧れる必要は無いと思って熱くなったことを思い出しました(まぁ、彼はドラッグに関しては割と許容派みたいな発言もあって、メディアに出るにはちょっと掘り返されたら危ういだろとか思うなぁ)

 

・思いついたことさっきから書きなぐってるだけだが(いつもそう)、樋口恭介という作家のことよく知らないが彼が自身をパンクだと定義していたがパンクロッカーたちから批判を受けたので「グッドバイ・パンクロッカーズ」と題した文章を出した一連の流れみたいなやつ、今は消されているけど、あれも凄く良かったんだよな…。また読めねーかな。

 

・あ、あと最後に。マイスパレードのライナーノーツ読んでたら、「ハードコアパンクを通っている」と書かれてはいるんだけど、(そしてハードロックも!)みたいなことも書かれてて、あれっ?その書き方だとさ、ハードロック/メタルって例えば俺が好きなロキノン系のバンドマンも大体通ってきていて、結局それって「世代だから」それ以上でも以下でもなくて。洋楽のロックのメジャーなものがハードロックしか無かったから(無かったは言い過ぎだが、ネットが無い時代なんだからそう言ってもいいと思う)であって、「世代」だからなんですよ。もしかして、それと並列で「ハードコア」がある感覚だったとしたらウケるなっていうか、そうだったら俺こんなに重く考える必要ないのではとかも思ってしまった。アメリカであの世代で、若くして地元でバンドでもやろう!ってなったらアンダーグラウンドで隆盛していたハードコアパンクが避けられなかっただけなのでは?っていう。俺の少し上の世代が「メロコア」を避けられなかったみたいなのとまったく一緒なんじゃないの?っていう。これが正しかったら笑えるな…。ははは。