・カーステは大丈夫でした。CD無事出てきました。
。新人に仕事をやってもらってるから今年のお盆は難なく乗り切れたが、新人が担当を持ち始めるともうやばい。これから。どうなるんやろねぇ。
・カーステは大丈夫でした。CD無事出てきました。
。新人に仕事をやってもらってるから今年のお盆は難なく乗り切れたが、新人が担当を持ち始めるともうやばい。これから。どうなるんやろねぇ。
カーステ壊れたかも…。CDが取り出せない…。
この間流れてきた、タナソーの7年前くらいのインタビュー(クラブ体験やDJについての)と、最近の歴耳のローゼズとスクリーマデリカの記事で、急激にマッドチェスターの解像度が上がったと感じている。ローゼズとマデリカを初めて聞いたの、20年以上前ですが…。遅すぎる理解。
ロックのライブとクラブ体験は目的が全く違い、従来のポップソングとクラブミュージックもそれにより形式が違う。それを踏まえた上で、マッドチェスターはクラブミュージックをロックの中に内面化させた、と解釈した。
両者とも、全然アシッドハウスに似ていない。だが、ファンキーなビートや16ビートを使って、曲は長く、クラブのMIXに耐えられる形式になっている。でもあくまでもロックバンド。
ローゼズは反復することによる高揚感を、60’s的なフォーク/サイケ・ロックと融合させることでクラブ体験を「ロックバンドの全能感」に作り替えることに成功した。
プライマル『スクリーマデリカ』は、その高揚感だけでなく、さらに朝まで踊り倒した時の倦怠感と陶酔感までパッケージした。ベースとなるロック像のロールモデルはローリング・ストーンズ。
・プライマルスクリーム『スクリーマデリカ』について、これならアシッドハウスそのものやジ・オーブ聞かせてくれやという意見は、レディオヘッド『キッドA』に対する「これならオウテカやボーズオブカナダでよくね?」という意見と同じ構図。
・バンドメンバーからバッファロー・トムを薦められた。俺も気になっていたので聞いたら、衝撃を受けるくらい良かった。フェイバリット・バンドになるだろう。
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だが歴史に埋もれてしまっているのもわかる。平凡なオルタナバンドにも、リプレイスメンツやレモンヘッズあたりの仲間に思える時もあれば、エモの青写真にすら思える時がある。まぁ正直リプレイスメンツより全然好きだな。いい曲ばっかりだから。
・Tortoiseにあったジャズ・フュージョン要素を、Mogwaiにあったひんやりとしたエレキギターのアルペジオを、Mice Paradeはフラメンコとスパニッシュ・ギターに変換した。
・というかシューゲイザーを聴く気持ちよさとジャズファンクを聴く気持ちよさは、音楽としては全く違うが「鳴らされている音自体が気持ちよく、またその音響の世界に入り込む」快楽という点で、自分の中ではほぼ同じ。これは、自分がファンクを(ライブで演奏されてるのを聴くとかではない限り)「腰」で聴く「ダンスミュージック」として捉えられていない、ともいえる。ま、これ、和食食うのも中華食うのも結果は「美味しい」から実質一緒だよね、と言ってるのとまったく同じ。荒唐無稽
・マーカス・ミラーってナイトフライで弾いてるのか、じゃあ好きじゃん
・Texas Is The Reasonの報にひっくりかえっているけど、土曜で行けそうなのは名古屋しかなく、電車代や飛行機往復、宿代考えたら9万くらいはかかるので、流石に金がない俺は断念した。これ逃したら一生見れんだろうが…。同日のART-SCHOOL札幌には行こうかな。しかしその付近にsyrupも札幌に来る…。
・なんか悪い意味じゃないけど、若い人みんなうっすらとエモリバイバルに支配されてない?少し前までの「シティポップ」くらい、うっすらと、そういう雰囲気や技法だけが、もともとそういう志向のバンドじゃない人達も影響を受けざるを得なくなっている。
・最近はコクトーツインズ『Heaven or Las Vegas』を聴き、R.E.M.『Out of Time』を聴きなおしました。どちらもべらぼうに良かったです
・大空スバルの「ひぐらしのなく頃に」同時視聴を見るためにここ最近は生きている。本当に。スバルはマジで頭が良い。こんなに楽しいコンテンツは久しぶりだ。この人同時にドラゴンボールカカロットもやってんの、ヘヴィですね…。その前はサイコパス同時視聴してたし…。
なんだかんだ少しフジロック配信を観た。1日目は仕事&会社の飲み会で全く見れなかった。アジカンとThe xx観たかった。
2日目はブランデー戦記、リディムサウンター、Quadeca、The Bethsを、3日目は礼賛、レモン・ツィッグス、グレイプバインとマッシヴアタックを観た。以下Xコピペ&その改編の感想。
・昨日、アジカンもThe xxも好きな人達はどうしたんですか?やっぱアジカンは観る機会があるから泣く泣くThe xx頭から見た感じですか?
・俺はリディムサウンターがローアイキュー~バンアパ文化圏の中で一番年下の世代で、豊かな音楽を奏でているのにフロントマンのケイシタナカがわりとヤンキーっぽいフロントマンだと知っているぜ
・Riddim Saunter、もしやBACK DROP BOMBの正当後継者だった???タデクイと時間ばちかぶりしてんのね
・現地に居ないとおもしろくない、なんなら近くにいないとおもしろくない、配信じゃぜんぜんおもしろくないゾーン突入してしまったな、なにとはいわんが…(※最後にリディムが客席に降りて練り歩くパフォーマンスをした)
・Quadecaいいじゃん。全然知らんかった。ボン・イヴェールとシガーロスのような、レイヤーのある冷たい通奏低音が流れているが、それがU2くらい大きなスケールにアウトプットされているように感じた。Alex Gとかに近い感じはたしかにある。
・Quadecaを見て、自分の最後の青春である2010年前後のインディーロックの中でボン・イヴェールとジェイムス・ブレイクってめちゃくちゃ影響力あったんだな~~~とか思いました。良かったです
・The Beths、ギターロックの希望過ぎるよ。やっぱり今自分が好きだと思うアレンジを全部やってるバンドなんじゃないか。The Beths最高過ぎる。やっぱりこの世でギターバンドが一番尊くて、かっこいくて、センチメンタルなんだと証明している。
・礼賛をチラ見して、ラランド・サーヤさんと礼賛のCLAは別の人間と認識することにした。頭がバグるので。ようやく、なんでどっちも堂々とサーヤがやってると名乗らない(サーヤだと知られていることは武器にしてるのに名義を統一しない)のか、ようやくわかった気がする。
これはもう、器。この人は器です。
・アメリカ・ニューヨークの家主ことThe Lemon Twigsを少し配信で観るか
・ライブの「風待ち」、昔の音源より声がクリアなのやべ~~~。そっからの光について…。
・バイン田中、ギター交換するときにビール飲んどる!!!笑
・フジロックでグレイプバイン生で見てる人達、それ人生優勝ってことなんで、自覚してくださいね。
・ベースの音量三倍くらいになってないか?配信
・どんな気持ちで観ればいいのか?→これが俺達が生きている現実であり地獄。明日からもこの地獄を生きるしかない、月曜から仕事や学校に行けバカ野郎というマッシヴ・アタックからのメッセージでしょう(音楽って解釈自由ですからね)。いやしかしここまで具体的だとすごいな
・くっそ~~~誰かマッシブアタックにそのフォントはちょっとファニーに見えちゃうよって教えてあげられなかったのか!!!!!!!!!!!!!
・感想は人それぞれだと思うけど、生で今日のマッシヴアタック見れた人はずっと自慢できるぞ どうぞ俺に自慢してくれ
・エリザベスフレイザーこれツアーメンバーなのか やっべ全然知らんかった。コクトーツインズの追っかけじゃないからさ、他の曲でも歌ってる眼鏡かけたオシャレおばあちゃんがエリザベスフレイザーだと思ってなかった…(猛省)
・寝る前に来ましたか…ティアドロップ。ありがとうエリザベスフレイザー、ありがとうマッシヴアタック。ってかちゃんと終盤にやってくれるの、かなり救いがある 今の演出で終わっても良かった。うおーーー普通に配信で泣いてしまった
・現実なんだよな、そんなことはわかっていて、俺は明日もこの資本主義の奴隷として生きるわけで、俺達から搾取した金で軍事費は増えて、何も俺の生活は変わらんわけで、音楽で喜ぼうが喜ばなかろうがそういう事実は続いていくわけで…みたいなことを考えるとやはり暗くなってきたな…ははは…
・マッシブアタックのライブを見ても、俺はユニクロの服を買いSpotifyに課金し(これはマジで一旦やめようか考えているが)AVを見て女性性を搾取しインドネシアのマングローブを切倒して養殖されたエビを食い仕事の休憩中に車でガスをフカす。
でも自民党には投票しないし、戦争を肯定しないし、なるべく金の落としどころは考えて買い物したいし、音楽は自由だと信じることを続ける。俺はそういう距離感
この距離感じゃないと罪深さで生きていけなくなるだろ。というか、子供のときはこういう社会問題とか勉強するたびに喰らいまくってた。でもこういうのに慣れてくるというのが大人になるということなんじゃないのか。だからマッシブアタックのやり方も別に普通(もちろん凄かったけど)
悪い意味でも、大人になるということは「まぁ、そういうこともあるよね」として問題を片付けられることなのかもしれない・・・
・(マッシヴがやっていることの矛盾について)これは本当にそう。あなたたちだって巨額のギャラ貰ってステージに立ってエンタメやってんでしょっていう。あくまでアートとは問いかけであって。距離感と言うか。うまく言えないけど。結局あんたたちだってスマホ使ってる時点でアルゴリズムの奴隷じゃん。大企業の製品を一切使わないで生きていけるかといったらもう無理だろう。みたいなね。
・(マッシブで燃え尽きてオウガに行くのをやめた友人へ)バッカ頑張ってオウガ行け!マッシヴで終わりじゃない!音楽は鳴り続ける!それが現地にいる人間が精いっぱい出来ることだ!
・「政治の事よくわからないから」というより「ネガティヴになりたくないから」政治と音楽を切り離せと言っているんだな…俺も社会派ドキュメンタリーとかあんま見たく無いほうだもんな…
「大人は嘘つきでこの世は最悪だ。」みたいな木下理樹的な世界観を常に意識しながら生きている(ので、地獄を見せられたとしても麻痺しているのでなんとか耐えられる)
アネスシージャってそういう意味か 結構ART-SCHOOLすごいかも
・「多重人格探偵サイコ」とも同じなんですよ。アレは、殺人という強い衝動や感情を伴うものでもバーコードで管理=大量生産されているのではないか、大量生産された物やエンタメに囲まれて育った人間の感情もまた、ただの大量生産されたものではないのか?という漫画だから。
・これって白人のリベラルあるあるだよね、という意見はへーそうなのかーまぁそういうこともあるわな、だけど、じゃあ中国の表現規制やウクライナは無視かよ?という意見は、いや全ての社会問題に意見しなきゃいけないのか?その批判はあまりにズルいよ。それは流石に普段から中国の表現規制やウクライナについて気を揉んできたや当事者しか言っちゃダメでしょ
・これだけはひとつ。ハイスタのことを沢山知っている訳ではないけど(と前置きするが)僕が知っている限り難波さんも横山健さんもこれまでリベラルととれる発言をしてきたし、それが変節したわけではないと思っています。誤解を生むおかしなMCだったとは思いますが。
・どう書いても分断をあおっているように見えちゃうのが嫌なのでこんなもんにしてるが、ここまで話題になった時点でマッシヴアタックがライブをやった意味はあるだろう。それよりも(予想通り)春ねむりさんがハイスタをガッツリ批判しているのが悲しいよ。ハイスタのあのMCは、あの場で波風を立たせない日本人そのものだったけど、彼ら自体はチベタン・フリーダムをはじめ、行動で示してきた人たちだというのは分かってほしい。
ノットウォンクの加藤さんもハイスタにはガッカリしたと言っていて、まぁ、加藤さんは普通に影響も受けているだろうし、そういうリアクションになるよなぁ
・僕は当時から、2008年のアジカン『ワールドワールドワールド』は反戦アルバムだと思っています。私からは以上です。
先週、ひぐらしのなく頃にの初代アニメが期間限定無料公開されていて、かつ大空スバルが同時視聴するとのことだったので同時視聴やってみたら、分かっていたことだけど面白すぎた。スバルとひぐらしの相性。待ちきれない。無料公開は終わってしまうので、dアニメストア登録した。せっかく登録したのて、こないだスバルが同時視聴してたPSYCHO-PASSも少し見るか…昔見たけど忘れてるしな…と思い4話まで同時視聴で見たら、刺さりすぎてしまった。現代の風刺過ぎる。俺達に自由はなく、決定する力もなく、アルゴリズムの奴隷でAIの言うことを聞く。なんらPSYCHO-PASSの世界と変わらない。
しかしまぁ、大空スバルはとても鋭い人だと思う。PSYCHO-PASS一話で既に世界観を理解していたし、ひぐらし鬼隠し編だけで「注射を打たれた人間の中で、耐性が無い人間は喉を掻き死ぬが、耐性のある人間は「ごめんなさい」を連呼する=レナ魅音側の人間になる」という推理が直ぐ出てくるの凄すぎる。全然違うけど、かなりいい線行ってる(矛盾)。
音楽活動に対しては、ちょっとエアポケットに入ったかのような、燃え尽きてしまったかのような気分。とはいえまた新しい宅録のアルバム制作を始めた。
それとは別にバンドレコーディングか…。しんどそうだな。。。
企画が終わって燃え尽きている。マジで。すべてを手放したい。しんどい。
※私はダウ90000『ロマンス』を見ていません。
※私は演劇について何も知りません。
※私は最近のダウ90000をあまり追えていませんし、お笑いへの熱も冷めていっている自覚があります。
コメ欄を読んで少しだけだが、いろいろと思った。
単純化してしまえば、演劇とは例えコメディであってもメッセージがあるもの、もしくはアート寄りのもので(ここで「歪さ」とか呼ばれているもの)、コント(お笑い)は笑いを最優先に書かれたものなのだろう。
蓮見の戯曲に対する審査員の否定的な意見の内容は過去含めてほぼ一致していて、「テーマ/メッセージがない」(中心のない演劇)で、もしくはアート性(歪さ)がなく、だから「笑え」たとしてもグッと来ない、と言われ続けている。
これに対して蓮見は過去に、メッセージは劇自体には必要なく、俺はダウで演劇をやるために書いていて、見てくれたお客さんが笑って明日もがんばろとか思って帰ってくれればいい、それ自体がメッセージだ(NOT原文ママ)という内容で反論していた。それは一理あるとは思った。おそらく、蓮見のことを賞賛している審査員の方も同じような考えの持ち主なのだろう。
まぁでも、つまり、俺はこれは演劇側の人に「お笑いの文法で書いてるから演劇の賞はあげれない」と言われ続けていると思った。「おもしろいけど、これはお笑いであって演劇じゃないね」、と。で、蓮見は完全にお笑いの人でお笑いの文法で物を書いているので(ダウ90000がお笑いグループかと言われればそうではないが、蓮見翔は完全に芸人だ)それが分からない。先ほどの反論は、お笑い芸人のスタンスそのものだ。メッセージなどいらない、とにかく客が笑ってくれればいい、なんなら明日どんなネタだったか忘れてくれていい、それでも今クソほど笑えたのならそれでいいじゃないか。こういうスタンスを芸人はとりがちだ。
(脱線するが、お笑い側からはABCグランプリで陣内智則に「上質なお芝居を見せてもらった」と評されて蓮見が発狂するみたいな流れも過去にあったんだけどね。それに対するアンサー的コントも書いている(ダウ側はかなりこれに喰らった(ネタにした)のに翌年の審査で陣内さんは全く覚えておらず、まぁそういう人なのだが、陣内さんは何も意識せずナチュラルに誉め言葉で「上質なお芝居」と言ったに過ぎない))。
閑話休題。「第70回岸田國士戯曲賞の選評を読む」動画内でも、歪なものに感銘を受けてきた/蓮見の戯曲が「観客体験が快適にデザインされている」ことに対する違和、といった審査員の言葉に対して、蓮見は観客体験が快適にデザインされていない=つまらない、だと考えている節があるので発見だった、的に言っているが、これはやはりアートvsお笑いということだろう(たとえ歪だとしても観客がそれに引き込まれているなら観客体験が良くデザインされているってことじゃないのか?という反論は面白かったが)。ちなみにアートとは「問いかけ」のことである。何だかよくわからない、不親切なものを見せられて、見る側がこれは何だと思うか?何を感じるか?考えるか?そういうものを提供するのがアートだと俺は考えている。お笑いはそういうものを排除しがち……だと基本はそう思うけど最近はそうでもないか。というか、俺はニューヨークしかりザ・マミィしかり、まぁキングオブコント決勝に出る人たち、あとAマッソしかり、近年のコントって「笑い」だけじゃなくない?メッセージとかテーマとか、解釈の多様性すなわちアート性とか、ちょっと、あるよね?そこがすげーと思って、お笑い面白いなって思ってたんだけど。で、でも、だ。基本芸人は「笑い」至上主義である。
だから、蓮見は岸田を獲れないんじゃないかとうっすら思っていたが、今回獲ったのは何故か。野田秀樹は言っている。笑いの先に淋しさがあったのだ。その「淋しさ」をもって、テーマもしくはメッセージもしくは問いかけがあったということに致しましょう、ということ。そしてもう一つは、そこまでお笑いでぶっちぎってくるなら、わかったわかった、お前が面白いのはわかってる、もうあげたるわ、ということ。まぁ、はすみおめ。