2018のロック勢力地図(なんてものはない)

数か月前、ちょっとしたDJイベントに出ることになりまして(全然隠遁してねえじゃん、とこのブログ的には突っ込まれるだろうが)田舎なので00年代の英米ロック(ガレージ・ポストパンク・ニューレイヴなど)聴いてた人も周りにいないのでそういうのかけまくってやろうと思いyoutubeや所持しているCD-Rで聞き返したのですが、いまになってええやんとなっているところです。カサビアンの最初のほうええやんとか、ザ・サンシャイン・アンダーグラウンドってそんなエレクトロじゃなかったのねとか(シミアン・モバイル・ディスコと混同してたか?)ジ・エネミーええやんとかそんな感じです(笑)。所持しているCD-R、などと申しましたが元々僕はストロークスホワイト・ストライプスに始まり、リバティーンズフランツ・フェルディナンドが中継ぎしてアークティック・モンキーズに至る、みたいなあの一連の流れに連なる音楽が当時(ザ・ヴァインズとブロック・パーティー以外)大嫌いだったのです。2010年、ツイッターを始めたあたりからかなり良さが分かって来ましたしストロークスもアークティックも好きな曲は結構あるって感じだったのですが、新譜も出たとのことでアークティックを聞き返していたらようやく1stを心の底から「ええやん?」と言えるようになった気がしてます。リリースから十数年経ってました。ちなみに前作「AM」もなかなか唸らせる内容ですよね、半分以上がほぼヒップホップだと思うんですが(元々ザ・ストリーツの影響は濃かったけども…)、ヒップホップ大勝の時代にミクスチャーロックとはまた違うヒップホップの取り入れ方をしていて、ヒップホップをバンドが生で演奏しそこにブラック・サバス(3rdでやっていた)的リフと、18の頃から枯れまくってるアレックス君の声を乗っけることでなんとか「ロック」として成立させている、最新形のロックとしてアップデートさせている、ロックバンドの皮を被れている、といいましょうか。そこまでしてロックを延命させようとしている(かどうかはわかりませんが)とか考えると壮絶。

 

えーそんなことが言いたいわけじゃ無くて、アークティックモンキーズの新譜は地元のUK好きなバンドの先輩や、TLにいる年下のポストパンク・ゴス・ギタリストもいろいろ言及していてあー久々に最大公約数的な話題だなーと感じた次第です。みんなが大好きな、とまでいかなくても皆が一目おいていてかつセールスも上げているアクト、ロックではもうビッグなのはThe 1975くらいでもうホント共通言語完全に失ったなって。2010~2011年のツイッターが面白かったのはギリギリ共通言語があったからで、具体的に言えばアークティック、クラクソンズ辺りのガレージからのニューレイヴって流れ(?)にケリがついて、その次にピッチフォーク激褒めのUSインディ・ブルックリン勢が洋楽ロックファンのなかで話題で、洋楽雑誌もまだギリギリそういうの載せてたしっていう。まー僕もともと洋楽リスナーじゃなくてジャパンのほうのロキノン厨なんでアレなんですけど。

そういうTLがざわざわするの感じたのは何年か前の(だいぶ前だけど)シガーロスの新譜くらいで、あとアットザドライブインの復活作も少し感じたかな(この時点で老害…)。ヒップホップやフランクオーシャンとか除く。いや僕がそのインディーR&Bとかに乗れてないだけだけど。僕がアンテナ張ってないだけだけど。

 

メディアに騙されるのが一番楽しいと僕は思っているけれどやっぱりここ最近のサインマグの最新HIP-HOP~R&B推し(マジで世界的な潮流だから推しもなにもないんだけど。むしろ日本と海外の差を埋めようとする非常にサインマグらしい、洋楽メディアらしい動きだけど)に乗ろう乗ろうと思いつつやっぱ無理で。でもそこでサインマグ、「最近サウス・ロンドンのロックシーンがアツいらしい」とかいう記事をぶっこんできてて。

thesignmagazine.com

まー、これもどうなるかって感じですけど。いつものごとく。

こういう、一つの盛り上がりやブーム(ポップアクトやヒップホップ)に対して、君たちはどう思ってる?みたいな、俺には対立の構図を煽るみたいに思える訊き方どうなんだろうっていうかなんかなー、メディアも次から次へ仕掛けたり紹介したり大変だよなって、やっぱ若い時はそういうのにみんな飛びついてほしいし、そういう想いでサインマグもやってるんだろうけど、疲れた。笑 お金も時間も無いんだよ年齢いくと。(とはいえ、この国の社会人って全然音楽聴かないし、若者が親世代になってもちゃんと音楽を摂取する風潮っつーか文化がもっと浸透してほしいとは思う)

 

スマブラ発売で盛り上がる外国人たちのように(以前そういう動画見たんだけど探してもいい感じのが見つからない…あるにはあるが…)、何かの新作を待ちたいなって思う日々っていうかそういうイントゥー出来る、追っかけられるものがある人って幸せじゃないですか?

 

90年代に多感な時期を過ごしてきた、僕より少し上の世代だと最大公約数ってビョークとかレディオヘッドとかベック、あとせいぜいオアシス兄弟やレッチリとかなのか(書き連ねるとロッキンオンになっていくな…)上の世代の洋楽ロックファンならなんなんですかね、HR/HMおじさんとかはいろいろいそうだけど、メイデンとかジューダスとか新作作るくらいやってんのかな?メタリカかな?そういう人達はコーンやスリップノットとかに対応できてればまだ良いんだろうけど。80sおっさんはマドンナ?マイケルもプリンスも死んじゃったし…。それより前の世代はデビッド・ギルモアとかになるんでしょうか、なんかピンポイントだしギルモア先生に失礼な気がしてきた…ニールヤングはずっとコンスタントに出してるぞ!
ほんと、アートスクールやシロップ好きだった僕みたいなやつがノーベンバーズやきのこ帝国やpolly聴く、みたいな「今の若手全部は理解できないけど、こいつらは俺が若い頃聴いてたやつらに通じるし良い意味でアップデートされてるぞ!」感、それがバランスよくて理想だと思うんですけどね。80sメタルおじさんのコーン・スリップノット問題ですよこれが。UKロックはストライプスとかヴァクシーズとかキング・クルエルとかThe 1975とか一年に一アクトは何故か売れるバンドが出るという国民的システムらしいんで(笑)そういうオッサンにね、なっていきたいけどむずかしいね。



っぽさの話

先日知り合いのバンドマンと「ART-SCHOOLっぽい曲って作れそうで作れない」「歌詞やコード進行を真似てもそれっぽさが出ない」といった話をした。俺は丁度Syrup16gストレイテナーっぽい曲をどうにかして作りたいと思っていたところだった。

 

「別に俺らは木下理樹でも五十嵐隆でもないんだから真似なくていいじゃん」というのはバンドをやる際に前提としてあるし、木下理樹の真似しても「劣化木下理樹」になるだけ、本当になりたいなら木下理樹が影響を受けている海外のオルタナやインディー、もしくは元ネタの映画や文学に当たるべきだと昔から考えているので(これはその目標になる対象がミスチルだろうがミッシェルガンエレファントだろうが同じで、すべてに言えること)別に真似する必要はないんだけど、一つの実験というか修行というか考察として、そういうことにチャレンジするのも面白いな、くらいの話です。
ちなみに俺は、憧れの対象のルーツに当たりまくった結果それとは全く別の仕上がりになりました、くらいが一番いいとすら考えている。俺がなりたかったものは木下理樹五十嵐隆後藤正文そのものではなく、「そういうような存在」になりたかっただけだからだ(だからこそART/syrup/初期バンプチルドレンの若手バンドには厳しく接している?のだが最近は初期indigo la Endみたいなのアリになって来ました)


結局、「そのバンドっぽい曲」っとは、「そのバンドの曲のどこかをパクっている曲」だ。
だがそのままパクるとただのパクリ、もはやカバーと変わらないじゃん、というレベルになってしまうので塩梅がめちゃムズい。
ART-SCHOOLパクリ界隈(そんな界隈は無い)でスター・バンドと言えるTenkiameは(知らない方はググって下さい)ART-SCHOOLを徹底的に再編集することでそれっぽさを出していて、サンプリングの量と見せ方が見事だった。
例えば「スカーレット」1曲からパクッたらスカーレットのなりそこないみたいな平凡なロキノン疾走曲が出来がちだが、イントロは「バタフライキス」っぽく、ギターのオブリは「Forget the swan」から拝借し、Aメロは「Fade to Black」のサビに似ているがサビは「Swan Song」のAメロだ、みたいな(もちろんあくまで例だ)ことをすれば、一聴しただけでは(情報量が多いので)「アートスクールの特徴を備えた、それっぽい曲」が出来るという寸法だ。

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また、自分の聴き方というのも大事になってくる。つまり、自分にとって「ART-SCHOOLっぽさ」「syrupっぽさ」とは何なのか?
歌詞さえ似ていればそう思うのか、メロディなのか、歌い方なのか、声なのか、サウンドなのか。
syrup16gっぽさとはまずあのカポと解放弦を使ったコード感なのだ、とかね。ツイッター相互フォロワーの方がSTOMP TALK MODSTONEを、syrupに対するオマージュが凄くて良い的なことをおっしゃっていたけれどやっぱ五十嵐の声じゃないとあの感じが出ないのでは?という内容のことも言っていて(無断でブログ書いてすんません)、なかなかむずかしいネって話です(STOMP TALK MODSTONEはライブ見たことあるし音源もそのとき買いましたがめちゃ良いバンドです)。

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(この曲はアートのLOVERSぽいけど……)


ビートルズの全曲をAIに聴かせて新曲を造らせた、という話をフルカワユタカのネットラジオで聞いた気がするが、やはり、「どこからどうみてもビートルズ」なのだけど
ビートルズが解散せずに活動していれば作っただろう曲」ではないよね、という話をしていて興味深かった。
ただ僕らの場合はこの「AI」がやったようなことがやりたいんだけどもという話。

かつてサンボマスターがとあるB面曲を演奏する際に「奥田民生と見紛う曲!」と言ったんだけども、それで「ああ確かに言われてみれば…」
となったし、それを奥田民夫と一緒に歌う映像もあった。余談も余談だが。

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(「僕に捧ぐ」という曲だった)

 

しかしそういうことを考えると、「とあるアーティストの曲を自分風にして演奏する」といえる「トリビュート企画」も、この考察(?)の助けになるのかもしれない。僕が感嘆したトリビュートはHUSKING BEEと最近出た(最近でもないか)ストレイテナーのなのだが、多くのバンドがまるで自分たちの曲のように解釈しているのが面白かった。ブラフマンこれ完全にブラフマンじゃん!とか、バックナンバーのシーグラスめっちゃこの人達っぽいな!みたいな。

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で、最近the band apartのトリビュートが出て、僕はまだトレイラーしか見てないけれど英語詞の曲は正直「バンアパのなりそこない」みたいな印象ばかりで(テナーは良さげだった)、まぁそのトレイラーも何度も見ると慣れてきてみんな良いな、みたいにはなるんだけども、the band apartに影響を与えた側であるLOW IQ 01FRONTIER BACKYARDASPARAGUSが逆にピンと来ないというか彼ら自体が近い音楽性過ぎて結果「バンアパ風のバンド」になっているのは(もう失礼極まりない話だけど)モヤモヤしてしまった。まぁ、LOW IQ 01FRONTIER BACKYARDASPARAGUS周辺のバンドの集大成&一つの完成系がバンアパなのであるという証明でもある(この辺のシーン、詳しくないけど俺は基本的に好感を持っているのでよくツイッターで話題にするのだが思った以上に受けが悪いの、いつも悲しくなっています!)。

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知り合いがブッチャーズトリビュート聴いたけどやっぱり吉村さんの歌じゃないとあの感じは出ない、吉村さんは歌が上手かったわけじゃないけど、だからこそあの感じが他の人には出ない的なことを言っていて確かに…、と思ったし、ネットでエレカシのトリビュートに対して文句を言ってた人を見たことあるけどそれもそういうことなのだろう。
トリビュート向きなバンドとそうでないバンドがいる気はする。ストレイテナーはいろんなジャンルの曲があるので、いろんなバンドが料理(アレンジ・解釈)しやすいような気がした。

 

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ちなみに私はARTとsyrup好きではあるがアジカン狂でもあるので、アジカンっぽいバンドって実はあまりいないよなって考えている。そんなこと言ったらストレイテナーっぽいバンドもフジファブリックっぽいバンドも居ねぇよ!とはなるが。ニコタッチはグレイプバインを意識してたみたいで田中和将も対談で割と認めてた記憶が…。

アジカンのあの「四つ打ち」や「オクターブ奏法」の使い方はめちゃ模倣されて、どことなく表面的にアジカンの影響(抽象的な歌詞とかも含めて)は後進バンドにあるんだけど。パワーポップ/四つ打ち/オクターブ奏法/オリエンタルなリフ/みたいな方法論だけを完全に受け継いだのはKANA-BOONだけど、アジカンってまずあの歌詞の思想性が素晴らしいとかメロが素晴らしいとか、いろんな洋楽に影響を受けているはずなのにああなっちゃう、インプットとアウトプットのちぐはぐな感じとかが絶妙に萌えるんじゃんね、とかアジカン狂としては考えてしまう。アジカン初期はウィーザーフォロワーがイースタンユースを演奏した、だしオリエンタルなリフはナンバーガール由来だし彼ら自体がジェネリックなんだよなっていう。そんなんアートもテナーもそうだけども。あと後藤の歌い方は奥田民夫なんですよねあれ。

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(これは妙に歌メロとかアジカンぽかったですね)

聴いたときに記憶が立ち戻る匂いでむせ返る

昔聴いていた音楽を今聴いたときに「あのとき聴いてたな」という当時の記憶を思い起こすことってあるじゃないですか。いや僕はそこまで無いんですけど。
好きなバンドはずっと聴き続けていることが多いし。いやぁ俺だってレミオロメンサンボマスターは聴かなくなっちゃったけどアジカンとか当時のバンプの曲とか今でも聴くしなーって感じで。

例外的なのはアジカンの『ソルファ』で、あの「振動覚」のイントロの音とか中盤の曲のあのゆるい感じや夜っぽい感じとかはかなり想起させるというか、これは「音楽に付随した記憶を思い出す」という話というよりは、なんとなく当時の音、当時の匂いみたいなものが立ち戻ってくるみたいな(伝わるこれ?)そういう感覚なんだけど。それってやっぱり「この時期のこのアルバムにしかない音」みたいなサウンドプロダクションの話に近いのかもしれないし、それと「聴いてた音楽に付随する自分の記憶」の話の中間に位置する感覚っていうか。そういうのがね、あるような気がして。とはいえ『ソルファ』はやっぱりそこまでの感覚に至ってないアルバムでもあって、なぜならそれ以上に今でも聴いちゃっているし、2016年に再録してしまってサウンドもアップデートされてしまったのでね。

 

それまででなんとなく「想起」してしまう曲って俺の中では(これも強いてあげるならだけど)The Usedの All That I've Got(のPV)なんだけど。

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俺はThe Usedはファーストしか聴いてなくて、それのThe Taste Of Inkって曲のPVも見てたし好きな曲で、これもまぁある程度時代の音っていうか、ユーズドってさほどヘヴィになってないスクリーモっていうか。今のラウド・ロックっぽいスクリーモじゃないっていうか?わかります?ニューメタルとかメタルコア感が今あるじゃないすかあの手の音楽。ジミー・イート・ワールド的な音楽がうるさくなった、絶叫した感じっていうか(笑)。で、「All That I've Got」は2ndの曲で、俺はいまだに聴いてなくて。でも不気味なストーリー仕立てのPVも含めて好きで。イントロのドラムのスネアの音とか。なんかメジャーでモダンで綺麗に作ろうとしてる感が(笑)、そんなバンドいくらでもいるわけだけど、当時の俺はまだエモというのが分かって無くて、でも調べてて、いうなればサニーデイリアルエステイトとかMineralみたいなオールドスクールなエモと、こういうモダンなエモがあることもわかってなくて、時代的にも丁度過渡期で、定義も混乱していた時期で(今もか?)なんかそんな感じっていうか「あーこんなん見てたわ」っていう感覚。これただの「懐かしい」か?
ちなみにyoutubeで聴いて「ユーズドもメタリックになってんのねー」って思った曲、調べたら2ndの1曲目だったのでもう俺の認識はガタガタ…

 

それでですね、最近、完全に「想起」させられる出来事がございまして。

Yellocardのこの曲をyoutubeで聴いてあ~~~となりました。

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このイントロのバイオリン!!!
わたくし、イエローカードのこの『オーシャンアベニュー』ってアルバム、ツタヤかどっかで借りたけどたしかコピーコントロールだったかでPCに取り込まずカセットテープに録音したんですよ、で、全然聴いてないんです。殆ど聴いてないの。

でも「あっ、これ実家のあの部屋(いつも自分が音楽を聴く部屋じゃない場所)で聴いた」って思い出したんですよ。曲自体はクオリティー高いモダンなポップパンクですよね、でもバイオリンの感じが独特で。で、イエローカードはたまーにポップパンク聴きたいモードのときにそれこそ「オーシャンアベニュー」って曲聴いたりしてたんですがよくあるポップパンクにしか思ってなくて。それこそ「時期」に結びつかない、俺の学生時代から今現在までよくあるポップパンクサウンドとしか。でもこの曲は!!っていう。あとジャケもいいね。ノスタルジックで。

なんなんでしょうねこの感覚は。ぶっちゃけイントロだけかもしれん。歌入るとよくあるポップパンクだ。でもホント、ガンガンこのバンドにはバイオリン入れてほしいっすよ。たしか次の次のアルバムをタワレコで視聴した時もバイオリン減ってまともなエモポップパンクになってるんかなって思ったし。

いやしかしオーシャンアベニューのジャケの勝利かも。ジャケから想起されるイメージ強い。

 

ま、あのバンドのあの頃の音、とかあの辺の時代のあの界隈の音、とかそういうの大事ですよね。

映画とミーハー

ミーハーが最強だと常々言っているけども、自分はずっと流行に疎い人間だったわ、と気付いた。

周りに映画を良く見る人が多くて、そんなに映画館って身近な存在なのか、俺がおかしいのかと考えてしまうし、映画館に行かない俺のような人間を映画業界や映画ファンは危惧しているんだろう。
とはいえ、かつてはそこそこレンタルで映画を見ていたのだけど、アクションとかハリウッドの有名なものとか全然見ないし興味がなく、いわゆるサブカルくさいものを摂取してきたっぽいのだが、周りの人間(職場)と全然話が合わなくてね。
ゲオやツタヤに行ったら、観たい映画はたくさんあるけども、これ絶対見ないなっていうのも多くって、それは単純にアクションとかホラーとか恋愛とかそういう「ジャンル」の話なのかもしれないけど、なんつーか、別に流行っている映画が面白くないってわけでもなくて、そもそも俺は踊る大捜査線ハリーポッター君の名は。も好きなんだけど、完全に矛盾してるけどいままで考えてみれば流行を追ったことのない人間で、音楽も広い意味では2010年以外は流行を追わなかったといえるし、映画も音楽も過去を掘り返すことに興味があるのかもしれないなと思った。
話は違うけど、素晴らしい女優さんも素晴らしい映画で素晴らしい役を演じたかと思えばその一方でクソみたいな映画にも出ているわけだけど、パッケージ見ただけでわかるような、人気俳優女優のプロモにすぎないような毎年量産されているクソ映画も結局ミーハーな人に需要があるのだろう。アニメもそうだよな(そういうものあってアニメに疲れてしまった感はある)。俺がクソだと思う音楽や映画も、常に、何も知らない若い人や最先端を追うミーハーな人に需要がある。

メジャーのアーティストは毎年アルバムを作らされるのもそういうことなのだろう。俺は、そういうチープでチージーなものこそ愛すべき、くらいの気概があった気がするが、今日はずっと聴ける完璧な「名盤」や大事に時間をかけて作られてきた作品を摂取したいし、一度くらいは自分でそう呼べるものを作ってみたいな、とも思った。

ロックミュージックは工業製品なのか、そうあるべきなのか

老害のような嗜好になってしまった自分に嫌気がさすのだが、今現在のいわゆる「ロキノン系」と呼ばれるような、その中でもギターロックと呼ばれるようなバンドに殆どピンと来たことが無い。

国内の、上の世代のロックバンドの影響しかないことが一聴してわかるもの、しかしそのパーツ(影響された部分)の組み合わせ方とクオリティーが非常に高い、みたいなものを聴くと、今僕が10代だったらハマっていただろうな…という想像は出来るけどもおっさんになった今の自分には当然刺さらない。(ロックなんて、音楽なんてそんなもんだろという意見はひとまず置いておかせてほしい)

 

そのジャンルのマーケット対象年齢を超えてしまったというだけ、自分が好きじゃないならそのジャンルから離れればいいじゃん、という話ではあるのだがどうしてもyoutubeで多少はチェックしてしまう。

そこでよく関連動画に出てくるのがポルカドットスティングレイである。

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顔立ちの整った、しかもコスプレも辞さないサービス精神を持つグレッチをぶら下げた女性ボーカル、高速カッティングと滑らかな歪みによるギターソロをドヤ顔でキメるイケメン風お兄さんギタリスト、高速と中速を使い分ける正確な四つ打ちドラム、10代の心をくすぐるであろう「ここ!」というポイントで入るハンドクラップなどなど……そしてとにかくPVのボーカルのあざとすぎる可愛さとPVのエンターテイメント性(サービス性というか)、でもちょっと病んでそうな感じ、椎名林檎を濾過したような、しなやかなボーカルとなんだかんだキャッチーなサビのメロディ……。

 

テキトーに書いてしまったがこんな感じだ。

正直最初は、自分が国内ギターロックに感じている違和感だけをてんこ盛りにしたような、嫌いな部分だけが詰め込まれたバンドのように感じて抗体による拒否反応が起きた。「シンクロシニカ」とかイントロから「やめてやめてやめて!」って感じ。

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別に俺は地〇室〇イ〇スの真似事をしたいわけじゃない。とはいえ、なのだ。俺が80年代の洋楽が嫌い過ぎてPVを見まくってたら好きになってきたのと同様、その短髪おねいさんが歌うキャッチーな歌とドヤ顔おにいさんにどことなくハマってきてしまっていたのだ。あざといPV、でもどうせ男は女性のあざとさが大好きなのである。ハマる、とまではいかなくても別に曲自身はよく出来ていて嫌味を感じない、ただ流してて聴けるという印象に変わっていった。あとは、ロックの中にハードロック文脈がほぼ消えてしまった昨今(どっちかというとHR/HM嫌いなので矛盾するけれど)「ギターヒーロー」って産まれにくいのかなと思っているのであのドヤ顔イケメンお兄さんギタリストはギターヒーローっぽくて応援したいな、という感じ。

 

そう思い始めていたところ、このようなインタビューが投下された。

 ポルカ雫が明かす、「結成して2年でメジャーデビューした秘策」

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ゲーム会社勤めの経験を生かし、いかにユーザーが求めるものを提供していった結果がこれだ、という内容なのだがなかなか衝撃的だった。全てマーケティングによる曲作りだという。「"自分の作りたいもの"を作るのではなく、"お客さんが欲しいもの"を提供し続けないと。だってこれは仕事なのだから。ユーザーが求めるものをリサーチしてから手を動かす。ローンチ後もユーザーの声を入念に調べて、次のバージョンアップに反映する。音楽も同じ方法で作っています」

「内から溢れ出る想いや、自分の体験を曲にのせることはない。みんなが欲しいものを作っているだけ」

 

と言い切るその姿は、そりゃあ、メジャー(仕事)としては200%正しい。正しすぎる。でも僕はその発言に少し冷めてしまった(と同時に、なぜここまでポルカがあざとく、ソフィスケートされていて、このような音楽性であるかということが腑に落ちたともいえる)。

自分は、未だにロックバンドに理想や幻想がある、ということも改めて理解した。「自分たちが好きな音楽をやった結果、それが支持されて売れる」というのはただの純粋無垢な理想論だということはよくわかっているつもりだ。ポップミュージックは商品である。メジャーとは、音楽で食っていくということは、音楽を「売る」ということだし、「売る」ということは客のニーズを調査し、それに答えることだ。

でも少しだけロックバンドというものにその理想論を仮託してしまう。

 

ハイスタやミッシェルガンエレファントやドラゴンアッシュのように、海外の音楽を好きなようにそのまま・もしくは和訳して演ったら時代のニーズにすっぽりハマった、というような時代じゃないことくらいわかってる。そして僕の好きなバンドたちがその理想論だけで成立していないことだってわかる。

どんなバンドも、「リスナーが求めているもの」「大衆性」と、「自分たちがやりたいこと」「実験性」の狭間でもがいてきた。僕が言いたいのは、せめてもがけよ!ということなのだ。(思いつくところを挙げているだけだが)イエモンアジカンストレイテナーもミイラズもテレフォンズもゼペットストアも(チョイスが…笑)、多分きっとU2だろうがオアシスだろうがフーファイターズだろうがストロークスだろうがレディオヘッドだろうが……、そのはざまで揺れ動きながら、それでも自分達らしい音楽を提示し続けているから素晴らしいんだろ?と。

 

そういう意味では「アジカン大好きです!オアシス?ローゼズ?知りません!」と言って出てきて高速四つ打ちやるカナブーンのほうが可愛げがあった。彼らが高速四つ打ちする理由は自分達の(リスナー)感覚としてそれが気持ちいいからだ(多分そういうことを発言したインタビューがどこかにある。探すのはめんどい)

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僕は昨今の(ってもう流行ってないか?)高速四つ打ちは「フェスで客を盛り上げなくてはならないから多くのバンドが多用している」みたいな言説には少しだけ疑問を持っていて、彼らにそんな戦略なんてものはなくただ自分達の感覚においてあのスピードが「気持ちいい」からやっているのだと思っていた。いわば意図的では無くて天然。天然だからこそタチが悪いと思っていた。カナブーンのその、ロックミュージックの世界に無知なだけの純粋無垢な当初のインタビューがそれを象徴していると思ってた。

 

だがポルカドットスティングレイは違った。僕は最初、素で椎名林檎大好き女がグレッチぶら下げて巻き舌で歌っていると思っていた(実際に好きではあるんだろうけど)。「高速四つ打ち」に意図的かはさておいて、彼らの音楽性が全て、若いリスナーが望むものの具現化であり「狙い通り」であったという事実にがっかりしたし、そして腑に落ちたし、そしてある意味こうも考えられる。その商業性、工業製品として振り切った姿が僕を少し「おっ?」と、これ結構良いのか?と振り向かせたのかもしれない、俺はそれをどこか感じ取っていたからPVを見続けているのかもしれない……。

それと、雫さんに「せめて「歌詞や曲は全て私自身の感情や経験から生まれたものです」みたいに身を切るロックバンド演じろよ!とは言わない。今の時代、そこを演じないほうがウケるだろうし。みんなリアル(ドライであろうとも)が知りたいと思うし、ロックバンドに物語や純粋性を求める自分としては、そんなウソをついてまで取り繕って欲しいわけではない(ツイッターでこの話題をしたとき、「取り繕ってほしいのか?」という声もあったので)。

ま、2010年代の国内ギターロックの完成系は初期のKana-boonとこのポルカドットだな、という確信。

 

最近ミソジニーとかポリコレとか言ってるけど俺が悩んでいるのは多分マイクロ・アグレッションだわと思ったが違った

ここ数か月でポリコレの波襲来みたいな感じを勝手に受けていて、現実ではそんなこともちろん言わないからネットでは言わせてくれよ的なことが完全にダメになってきているけどそりゃあネットの世界も現実ですから当然ですよね、となりました。みなおかめちゃイケもそりゃあ終わるわなって。

 

 

戸田真琴さんのコラムはちょいちょい読んでたけど、初めてゴジラ評を読んで。(知らん奴はググれ)

戸田真琴さんほんと凄いゴジラ評だけど「本当に命を削って生きているかな?できることをさぼってはいないかな、【誰か】にとってじゃなくて、【自分】に対して恥ずかしい生き方はしていないか」と思ってる人がAV女優になってわざわざAVで処女を消失する、というのすごくいろいろ考えてしまう…。

こういう考え自体がAV女優を蔑視しているでしょって自分で思ってしまうんだけど、いや俺は本当にAV女優さんが好きだし救われてきたし職業に貴賤はないでしょって思うんですけど、ほんとう、難しいんですけどこの評判を知って戸田さんの作品を見たし。

 

話は違うけど、10代後半からずっととあるAV女優さんが好きで、映像はみたことなくてネット(携帯いじってた高校時代から)で画像だけずっと集めてて(一時期は画像のほうが興奮できました)。もう崇拝に近くなって。好きすぎて興奮しなくなるくらいで。僕が10代の頃ってモー娘。とかグラビアアイドルとかが全盛で、もちろん綺麗な有名な女優さん(普通のね)とかもいたけど、そういうものに一切ハマったことがなくて(だから大人になってから女性声優に行ってしまうんですけど…)しいて言うならAV女優なんだろうなっていう。
それである時エロビデオ屋でそのAV女優さんの復刻版ベストが出てて、これだけは持っておかないとな、俺を救ってくれた人だし、それこそ好きなバンドの廃盤のアルバムを買うみたいな感覚で、買ったんです。で、見たんですけどあまり良くなくて。キャラすげー作ってて。動画と画像じゃ違うよねっていう。
そこで僕の青春は終わりました。その女優さんの画像は未だに好きだし、動画もたまーに探して興奮したりしなかったりしますが、だいぶ幻想が覚めて。買ったDVDはパケ写が可愛いんで宝物として取っておきますけど。

ちがうちがう、こんな事が言いたいんじゃなくて、こういう場合、この女優さんにお金が行かないんですよ。売ってるレーベルにはお金入るけど。レーベルに入ればそのお金でレーベルが作品をまた作るから、っていうのはわかるんですけど、
音楽に例えれば解散後のベスト盤の売上がバンドのシンガーには行かないってことだと思うんで、引退したAV女優さんの復刻版とか編集版とか出たときに、その女優さんにお金が行くシステムにしてくれよって話でした。

最近たいして性欲無いのにAVの話するのは、というか最近のAV女優さんの名前を若干チェックするようになったのは戸田真琴さんがきっかけだし、僕は物語主義者なのでこういうパーソナルを持った戸田さんがこういうプレイをしている、というところに興奮を覚えて(覚えるようにして)います。「物語(戸田さんのパーソナル)で興奮を覚えるようにしている」というのは、戸田さんの文章やコラムはそういう戦略の一環でもあると思うし、戦略に乗っかるのが受け手として正しいでしょうという感じです。せっかくこちらに下劣な妄想が捗るような文脈を提示して頂いているわけですから…。

 

俺はどこまで身を切って性癖を晒さなければならないんだ?と気が狂ってきますが、そういうところと俺の美意識というか、女性の仕草や身体の曲線の美しさみたいなことは僕の作詞とも多少関わってくるわけで、結局死とセックスしか歌わない教信者なのでこういうことを書き残しています…

 

母親が絵画が好きでよく展覧会に連れていかれて(今は僕が連れて行ってます)幼い僕は裸婦像を見て母に「なんで裸を描くの?」と訊いたんです。母は「綺麗だからでしょう」と答えました。今も母は覚えていると思います。僕はその時よく分からなかったんですが、大学時代くらいにルノワールの解説本でルノワールの「ああ、黄金色の乳房!それがなければ私は画家にならなかった」みたいな発言(ほんとに言ったのかよ)見て「おお…」とはなりました、なりましたがァ…。ちなみにアングルはエロおやじだと思います(笑)というか、昔の画家って絶対エロ本として裸婦を描いてますよね?印象派以前は神話や聖書のいち場面を描かなければならなかったわけですが、「これは神話のあのシーンですwww」と言い訳しておっぱい描いてたと思いますし絶対見てる奴は抜いてたと思う。

 

 

たまーに聞くけどさ、ベースの弦が切れるってなかなか信じられないよな

大森、ヨギーニューウェーブスにベース貸すってよ案件(知らない人はググって)からインスパイア(?)されたいくつかの考えの断片をまとめた。

 

 

この心の内側に渦巻いてるものを吐き出して、音楽や世界への愛憎をより過激な形(歌詞を含む)で表現する、という音楽の最近(ここ8年)の最前線が神聖かまってちゃん大森靖子だと思うのだけど、僕は前者は多少好きだったけどそこまでイントゥー出来なかった、というのは少し不幸かなと思ってる。

僕の10代~20代前半で「内側に渦巻いてるものを吐き出して、音楽や世界への愛憎を表現する」音楽はアートやシロップだったし僕はそれにイントゥーしてきたけれど、彼らのようなタイプは(セカイ系的な地場にも深く関わるであろう)傷の舐め合い的な世界観になることが多くて、まぁアートやシロップにもそういうところは多々あったし、「それで結構!」と言い切ってしまえればよかったのだけれど、僕はどうもそう言い切れなかった。
つまりはメンヘラロキノン聴いてきたのにメンヘラロキノンは嫌だ卒業するもんだわこれ!みたいになっているわけなんだけど。でも、かといってこう、日本のアンダーグラウンド的なアプローチの人といえばいいのかな(かまってちゃん/大森)はどうもしっくりこないことあるんだよという話。


で、それとは別に、「別にいいたいことなんて何も無い。やりたいサウンドがあるだけ」というタイプ(この国ではずっとその手のものは「洋楽的なバンド」とか言われてきた)も好きなんですよねという。7年前ならシガベッツやリリーズ、テレフォンズとか。
2000年前後のエアジャム系もそれに含む。やっているほうは別として、当時の多くのハイスタのリスナーが歌詞を真面目に読んでいたとは思えない。
結局歌詞は自分語りになってしまうんだから、そんな気持ち悪いことには興味が無いんだ、俺は音楽がやりたいだけだから。というスタンスはそれはそれで素晴らしいと思う。例えばエアジャム時代には(例え下手でも)英語で歌う事自体に意味があったはずだし、何度も「歌謡」的なもの、保守的な流れに引き戻されてしまう(ことの是非は置いておくこととして)この国の音楽シーンにおいて、そういう「歌詞<サウンド」スタンスのバンドが新しい風を入れてきたことも確かだと思う(ちなみに現在における「保守的な流れ」は、ロックでいえば「ロキノン系ギターロック」です)。

それで、昨今のシティポップに類されるバンドの多くはその「歌詞<サウンド」スタイルのテン年代版だと思っていたのです。もちろんそうでないバンドもいるので、多分僕の早とちり、見立て違いなのでしょうけど…。
歌詞と言うより言葉自体に意味を持たせようとしがちなバンド、そうはしないバンド、とか言う方が正確か。まぁ、どっちもやれ!で良いんだけど、どっちもやるよ!でいいんだけど。かまってちゃんや大森に「どっちもやっとるわボケ!」と言われても何にも反論できないし。
でもまぁリスナーがそう受け取りがち、そういう部分を愛しがち、というのはあるでしょう。シガベッツの歌詞が大好きで大好きで!みたいな人はいるかもしれんけど少数でしょ。ちゃんと訳詞読んでるよ!とか、そういうことじゃない。それくらいならする。
この手の話はアレか、結局日本語ロック論争か。くどくど言ってすまんかったな。(悪いとおもってません)(いやでもヨギー含めシティポップは日本語で歌ってるんだよな。でもあったじゃん。サカナクション相対性理論、的なさ(前者は言いたいことがありそうで無い、後者は言いたいことがなさそうで実はある、というツイートに昔唸ったことがあります)

 

で、先ほどの件は、なんつーか、(これはディスになるかもしれんけど…)ヨギーのようなスタイルのバンドは、大森が「「それでも音楽は…」の先があるだろうが!」と言っても、全く理解できないんじゃないか?みたいな。
「スタンスの違い乙」で終了な話だけど、本当にヨギーはピンと来ないのでは?みたいな(のはヨギーに失礼過ぎる)。でも「いやそれを鳴らしてるのが俺達でしょ、だからわざわざ「音楽は魔法だ」と言ったのだ」と本気で思っている可能性もあるのでは?とか。
まー、そうならヨギー見直しますけどね(そんなに嫌いではない、知り合いが最近よく褒めているので…)。

 

英語詞メロコアの人たちが「やっぱ歌詞だよ!」となって日本語詞歌ったらファンから総スカン喰らった、てのはたくさん見てきた。ファンの求めているところは言葉よりサウンドだった、それに今までそのスタンスで来たバンドが急に書いても、説得力ある歌詞を書く力が無かったという話だ。
たいていの好きなバンドは「音も言葉も好き」だしアートやシロップもそうだったし(とはいえやっぱり歌詞を評価するファンが多いと思うよ)歴史を動かしてきたバンドは常にそうだったはずで、「どっちもやれ」で済む話だけれども、実は「どちらかしか聴けない」リスナーが多いのでは?と思いました。
洋楽ファンと邦楽ファンの深い溝ってそこなのでは?とも思うし、やはりどちらかに絞ることによってファン層の狙いが定まる、みたいなところはあるんじゃないかと。
でもだからこそ、いやだからこそどちらもだし、For Tracy Hydeが凄いのはそこなんだと思うわけですよね。サウンド志向の人は、いい歌詞書きたくてもそっちの脳が発達してないから書けない、みたいなこと往々にしてあると思うのね。そこがFTHは違う。

 

追記。

関係あるかないかわからんけど、ドラゴンアッシュの話も思い出した。まぁそこ出すならミッシェルとかも話に出さないといけないかもしれんけど。

外山恒一ドラゴンアッシュのことを若い世代における(自分にとっての)ブルーハーツのような存在かと思ったけどよく聴いたら違ったわ、みたいな話があったはずなんだけど(クソうろ覚えなので信用するな)それも結局たしか、めっちゃメッセージのあるようなことを歌っているようで実は中身無いじゃん的な話だったような。んで、これに被る印象なのが田中宗一郎の「Viva la revolutionと歌っても何も変わらない。」みたいに言ってたことなんですよね。いやだから何って話だけど、ドラゴンアッシュはハイスタとかと同じタイプで音楽スタイル・サウンドそのものが革命的でアティチュードだったんだっていう。